2012年07月30日

電車のトラブルってのは・・・

先日は目の前の電車が故障で全員降ろして回送になって大変な思いをしたのですが、本日は三軒茶屋駅で人身事故だそうです。どういう理由で電車にぶつかったのかはきっと電車の利用者にまでは知らせてはくれないのでしょうけどね。

まぁ、田園都市線には6ドア車両という変則的な車両があるため、例えコストの都合がついてもなかなかホームドアの設置という訳にもいかないのかもしれません。もし、こういった人身事故が自殺であるとするならば、ホームドアごときで防げるか微妙ですよね。本当に死ぬ気の人間があの程度の柵を乗り越えられない訳が有りません。飛び降り自殺する人はマンションの高層階からだって飛び降りるんです。

柵のないマンションってそれこそ希少ですよね。

となると、やっぱり、自殺そのものの防止、生きやすい社会への転換の方が絶対先にやることだと思います。

電車の故障は形有るモノいつかは壊れるのですから甘受しなくてはならないのかもしれません。制御系の多重化でかつての電車より故障しにくくなっているそうなのですが、目の前で壊れられると????ってなってしまいます。

根本的に田園都市線は利用者が多いですし、平行他社線も少なくてトラブルの有ったときの迂回経路が限定的です。もっと多層的な迂回経路が準備できるように放射状の電車同士を結ぶ線を充実出来たらいいのにって思います。それこそ、こういったトラブル時のみの臨時経路を検討していただいても良いかと思います。

ではでは・・・
posted by とよしん at 22:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月22日

#ISW11F から #IS12S に交換しなくてはならなかった訳

 過去ログhttp://toyoshin.sblo.jp/article/53459750.html
で、良い感じで機種変更したISW11Fですが、ひとつ問題を抱えていました。実のところその問題もそのうち直るだろうと簡単に考えていたんです。

「電源を切った後、電源を入れる操作を行っていないのに電源がONになってしまう」

という問題です。発生頻度が1週間に多くて2度という頻度でしたし、電源を入れて使っている間には影響の無い問題でした。

 ただ、これが資格試験の最中に発生したことが問題解決に積極的になったきっかけでした。ご存知の方も多いかと思いますが、情報処理技術者試験では、携帯電話はタイマー設定を解除して電源を切り、カバンに仕舞って試験を受けるルールになっています。つまり、不具合であるとは言え、カバンの中で勝手に電源がONになってしまっていた事が、着信などが有って発覚すれば、受験資格を失う可能性も有ったわけです。

 併せて、自分の職場が個人所有の携帯電話を執務室内へ持ち込むことが禁じられている為、電源断で指定の場所に預ける事になっていたことも対応せざるを得ない要因ともなりました。比較的慎重に扱う必要のある個人情報を取り扱っている職種の為、電源断で格納されていなければならないロッカー内で勝手に電源が入っている所を監査に見つかったら何を言われるか解った物ではありません。

 そんな現象が実はとてもやっかいな問題だったらしく、なかなか解決できません。約6ヶ月の間に2回の修理(最初1回は内部清掃のみで返却、2回目で全交換)のあと、プリインストールアプリだけの環境で1ヶ月程度運用しても現象が変わらず。さらにはauICカードの交換を行っても発生する事が確認されました。この時点で、auからはもっと調査する為に修理に出して欲しいとの依頼を受けました。私は直る可能性の無い修理はもう勘弁して欲しいと伝えました。そこで私の方から機能減少を敢えて甘受し、現象の解消を目指す方針をauに提示しました。最終的には他機種への交換対応に応じて貰いました。

正直、角張ったモノが好きな私としてはISW11Fは格好良かったので、非常に後ろ髪を引かれる思いでした。

代わりに用意していただいたのが、現行機種でISW11F以外ではもっとも濃い「青」をラインナップしているIS12Sです。

IS12Sの青
IS12Sの青 posted by (C)とよしん

これも実は今問題なしというわけではなく、Cメールが特定の端末(カミさんと母親)に送れないっていう問題を抱えていまして、またしばらくお店や157の人たちと相談が続きそうです・・・。

運が無いというか、何というか・・・はぁ(ため息)

グチっぽくてすいません。

ではでは。

追記
posted by とよしん at 22:49 | Comment(2) | TrackBack(0) | デジタル

2012年07月08日

実は先週の土日(30日・1日)は

実は先週の土日(30日と1日)に社会人としてのスタートを切った街、仙台に行ってました。
いずれ家族を連れて行こうとは思っていたんですが、今年行くことにしました。

当時の仕事場のひとつが名取市の二の倉っていう工業団地にあったので、その周辺なら様子も比較出来るだろうって事で、まず名取ICを目指していきました。閖上の街から仙台空港の下を通るトンネルを抜けて二の倉の周辺を見て、仙台空港ICから東道路で仙台東ICに行くと言うようなルートで見て、感じてきました。
行かなきゃ解らない事ってあの日から1年以上の期間が経っても有ると言うことが解りました。
もちろん、行かなくちゃ解らなかった事を、ココでどう述べてもきっと伝わらないって思うのですが、そう書くことが伝えたい事かもしれません。(訳わからない文章でごめんなさい)
写真は載せません。ていうか、撮れませんでした。立ち止まるのにも勇気のいる風景です。
行けば今でもくっきりとその境目が解るって。私のつたない記憶で比べれば、本来なら田園風景の中に倉庫群が遠くに見えてくるという元々開放的な風景なのですが、その田園を彩るべき青々とした稲が整列していた水田には、赤みを帯びた先端をもつ雑草が不揃いに生い茂っていました。

その後はチビどもも楽しませなくちゃいけないので、鐘崎の工場で笹かまぼこ手焼き体験にトライしてふわふわのをいただきました。で、多賀城のビジネスホテルに泊まるので、近いこともあってアウトレットにて観覧車に乗車してきました。

偶然にも翌日の1日には塩竃のマリンゲートの震災後リニューアルオープンの当日でして、1Fのお土産屋さんでご当地菓子類を仕入れて来ました。立ち直っていく途中を見ることが出来たのは幸運でした。もっと元気になったらまた見に来ます。

#ま、当時の働いていた会社は震災とは関係なく吸収合併とかでもう無いけどねぇ・・・。
posted by とよしん at 22:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記